ジョンを聴く

ギターのコンサートに足を運ぶ機会も積極的な理由もない。マニアでもないのでギターCDも買うことは無い。これは今に始まったことではなく、和歌山に移り住んだからというわけでもない。若い時からそうだったのだ。
興味のあった現代音楽関係は1000枚近く持っていたが純粋なギターLPやCDは20枚もなかったはずである。その持っていた数少ないLPの大半は、当時憧れであったジョン・ウィリアムスのもの。とはいえ私の恩師がギターLPを大量に所有されていたこともあって他のギタリストの演奏も当然聴いてはいる。ただ自分で持っていたのはジョンがほとんどで、高校生の頃などは新譜が出るのを楽しみにしていた記憶がある。

彼の生演奏を聴いたのは1回だけ、パリのテアトル(シャンゼリセだったろうか)での演奏である(※)。コンセルバトワール(音楽院)に流れてくる学生券は基本的に柱の陰であったり2階屋根の一番後ろという「売れない」座席だったため、豆粒ほどとは言わないが残念ながら顔の表情まではハッキリと見えない距離であった。
当時マイクを使用するスタイルではまだ無かったはずだが、テアトルということもあって、小さいながらもギターの音に慣れたものにとっては十分聴くことが出来ただろう。この演奏会で記憶に残っているプログラムは、武満徹の「フォリオス」、そしてバリオスの「ワルツ」。当時の感想は「フォリオスは音を省略しているな」「ジョンでも間違うんだ」の2点は今でも覚えている。
それ以降、彼の演奏を生でもCDでも聴くことはなく、かれこれ30年近くが経つことになるのだ。

※高校生の頃、大阪サンケイホールにフュージョンバンド「Sky」でタカミネギターを立奏で弾くジョンを観に行っている。

去年、プレゼントとして頂いたこの全集。昔よく聴いていたのもあれば、85年以降全く聴かなかった時代のアルバム、17歳の録音「デビュー」こそレコード会社の関係で収録されていないのが残念であるが、若い時代の録音もあり「ジョン愛好家」としてはうれしい限りである。

ただ私は盲目的な崇拝者ではない。それでも彼は偉大なギタリストだと感じている。そこでコンサート批評の合間に、レコード批評も加えてブログの記事にするのも、あらためてじっくりとジョンの演奏に対峙するいい機会と考えているがどうだろうか。そしてテクニックや音楽を分析し自分に活かせないかと夢のようなことを思っているのである。

題して「ジョンとワイシャツと私」。