新曲初演「番仮崇」

作曲家、高橋曜子さんの新曲「番仮崇」の最終稿ができあがりました。古代天平琵琶の原曲をリアリゼーションしたものに自由変奏を施した作品です。

日本に伝わる古楽器のイメージをギターに取り入れる試みは過去にも細川俊夫作品(琴の音色だす特殊奏法)、伊福部昭作品(箜篌の模倣)にもありますが、やはり音色にはかなり気を使われたようです。

私が持つ琵琶の印象はどうしても中学生の頃に聴いた鶴田錦史女史の凄まじい「演奏」にたどり着きます。武満徹のノベンバーステップス来の一連の作品や、「怪談」で使われた平家琵琶の孤独感。
一音「一撃」でその場の空間さえも支配してしまう力。この楽器のすごさはそこで、流行りの中国琵琶とは全く違う世界観があります。

小さいころに抱いたイメージというのはいつまでもあるもので、例えば三味線。エレキギターの速弾きみたいな激しいものには興味なく、チントンシャンが好き。それも夏の夕方、ひとしきり降った夕立の後、どこかから風鈴の音とともに聞こえるお師匠さんあたりが音を取ってるだけの「間」。昭和の時代にタイムスリップしそうです。

さて今回の天平琵琶。
さすがにタイムスリップできるほど情報はありませんが、DNAのどこかに格納されている遠い記憶を呼び起こしたいと思います。ただこの「日本人だからできる」ってのを作品で頼りすぎるのは「バッハはドイツ人にしか」「ジャズは黒人にしか」「ブラジル人の血には勝てない」みたいなことと同じなので、グローバル化のために抽象化されたクラシック音楽をやる上ではあってはならないんですけどね。