それはそれで

作曲解禁しました。

「曲は作らないんですか?」と訊かれたとき、

「作曲家を目指して勉強している人に失礼だから」と創らない理由を言ってきました。

イージーリスニング的ギター曲だけで作曲家先生ぶる勇気もないし。

現代音楽作曲家へのリスペクトが強かったこともあって、同列に自分を置くなどとんでもない話だったわけです。

 

今後「なぜ曲を作り始めたのですか」と訊かれたとき、

そのときはどう答えようかな。

「必要に迫られて」
「指を故障した時の保険」
「使用者でなくアーチストとして扱ってほしいから」

まぁいずれにせよ「ギター作曲家レベル」なので、堂々と「作曲家」という肩書は使わないでしょうね。

 

徳永真一郎氏とのジョイントを終えて

昨年に続いて企画したジョイントコンサート。

今回は和歌山、奈良に加えて私の出身地・神戸でも行い「パリから香るギターイズム」を関西各地にお届けしました。
徳永君の演奏については今後、雑誌など多くの場所で語られていくでしょうから割愛。
個人的には10年後の彼からにじみ出てくるものを聴いてみたい、その希望が持てるギタリストだと感じています。

ただ、私もまだまだ負けるわけにはいかない。
そこで今回は、彼から何か盗めないかといろいろ質問をしてみたのですが。その時彼の口から出た言葉の中に、自分にとっては衝撃的であり、棘のように突き刺さり忘れることのできないものがありました。

あれは確か、なんやったかな(笑)。。。

大意は「音楽性と言う言葉」に逃げるのではなく「技術」を完璧にして答えを残すことが重要。そのために努力する。だったかな。

忘れもしません(笑)

もちろん、これは私の考えとは違うのだけれど、それこそまさに自分のことを言われているようで強烈に刺さってきました。

技術テクニックの安定。
これは今50を過ぎて取り組んでいるところで、質問で聞き出した彼の練習法は大変参考になりました。
方法としてはどれも既知のもので「結局はそれだよね」になるのですが、「完璧さを求める努力」の部分で彼ほど徹底していなかったと反省しています。

でも木村大くんの練習法にも感じたことで、練習「ギターを弾くこと」にストイックであること、これがトップクラスの演奏家の共通点なんでしょうね。

努力嫌いな自分には無理かなぁ(笑)

共演者、スタッフ、お客さん皆さんに感謝。
また機会があれば企画していきたいと思っています。

聴きに来てくださった皆様の反応が良かった曲。
私の「第七幻想曲」
彼の「南のソナチネ」

意外とデュオのフランセが好評だったのはうれしい限りです。

徳永真一郎さんを迎えて

パリから気鋭のギタリスト、徳永君を迎えての1回目のコンサートが終了しました。
ひとまず想定していたお客さんの入りがあってひと安心。
神戸での演奏は初めてだったそうで、地元のギタリストの方もこの機会に聴きに来られていました。

私の演奏はさておき(笑)

癖が強いタイプではないのですがなかなか大胆な表現をするギタリストだと改めて感じました。
もちろんそれを可能にしている強靭なテクニックは、同業ながら見ていて羨ましくなるほどです。

次回は26日、場所を和歌山に移して2回目の公演です。
フランセのデュオもさらに楽しいものになるでしょう。

詳しい印象論は、すべての日程が終了したのちにアップします。

ポンセ作品集

このアルバムはもしかしたら自分で買った最初のちゃんとしたギターアルバムかもしれません(実は「阿部保夫ギター名曲集2枚組」が最初ですが、断りがあるように”ちゃんとした”ものということで)。
そしてジョン・ウィリアムスという演奏家そしてフレタという楽器に憧れを持ったきっかけを作ってくれたレコードでもあります。
それ以前のジョンの演奏の多くはすでにカセットテープで聴いていてもちろん知っているのですが、ポンセの曲のすばらしさもあってジョンの一枚と言えばこれがどうしても一番に上がりますね。

中学の頃、スペインのフォリアのいくつかの変奏を聴いて、「そうだよな、ギターって木でできてたよな」とギターの音の美しさを再確認した録音。ほかの演奏家(〇ゴビアとか〇エペス)のリバーブかけまくり弦をこするノイズたっぷり趣味な録音と違って、ギターって素朴でいいな、と思わせてくれたのはやっぱりこの人なんですね。以来いつかはフレタを使って演奏してみたい、そんな夢を持ち始めて「ふう、250万円かぁ・・・」と独り言が出てくる毎日を送っていました。

ようやく近年その夢はかなうことが出来ましたが、感無量というか、つらく長かったなぁと人生を振り返って遠い目になりましたね。
ジョンの崇拝者ではないけれど、このアルバムとの出会いがあって今のギタリストとしての自分がいる、そんなことも聴きながら思いました。

こうやって聴いてみると、あらためて彼のタッチの強靭さに舌を巻きます。昔から音楽性は置いておいて、右手の技術は天下一品だと評価していましたが、ここまでしっかりした撥弦だとは当時は気づきませんでした。これがあるからこそ、あのリバーブ最小限の録音ができたんでしょうね。自信と言うか、ポリシーと言うか。

フォリア変奏のいくつか、メキシコ民謡のバレンシーナ。あれ、こんなにゆっくり弾いていたんだ(笑)
こういう落ち着いた演奏は見習わなければいけません。

最後の「愛する母」。ずっと記憶に残っていて楽譜を探していました。ネットの普及でようやく耳コピ楽譜を入手。去年あたりからレパートリーにしています。

足台派?それとも。

40年ギターを弾いていて未だに迷っていること。
愛好家の皆さんや生徒さんたちもいつかは決断するときがくる「足回り論争」について、メリット・デメリットを考えてみました。
さーて、どちらにしたものか。

足台のデメリット

これは「股関節」の圧迫による腰背骨痛の懸念、これに尽きます。支持具に変えようかどうか迷ってる方の動機がほぼこの健康面からくるものだと思われます。
他は例えば、
曰く、「しっかりしたものは重くて持ち運びが苦痛
曰く、「スタッフが少ない時や発表会だと舞台まで持っていって、終演後持って舞台をはけるのが面倒
曰く、「舞台で高さ調節するとき、片手作業になるので7割の確率でペシャっと1回なってあーぁ!と焦る
曰く、「フローリングの部屋だと傷がつくので気兼ねする
曰く、「夏場、ゴムの部分が熱でずれて、ねちゃっ、とする

ほとんど精神的なものですね(笑)

支持具のデメリット

曰く、「軽いけど結局かさばってケースに入らない」
曰く、「ギターに対し重心のかけ方が一定になるので逆に肩がこる(自由に動きにくい)」
曰く、「軽くアコギみたいな感じで構えてチューニングとかできない(いつも本気モード)」

ただ僕が最大に重要視しているのが
師曰く、「とにかくカッコ悪い!!!」。ただコレのみ!

欧米の方みたいに「シュっとして」足が「スラーーっ」と長い人だとバランスよく見えるのですが、
われら農耕民族六頭身、昭和体型のものが使うとどうもね。。。
その点、足台のほうはさすがに長く使っているし、歴史の中でもギターを弾くスタイルとして見慣れたものということもあって、
そこまでダサくないんですよね。

オシャレさを取るか、健康を考えるか。。。。

足台のメリット

姿勢の自由度が高い。そのため楽器を自在に扱っているように見える。
ギターと体との密着度が高いので、安心して体重を乗せることが出来る。

一方

支持具のメリット

股関節や背骨に影響を与えない。
ギターとの接点が少ないので楽器がよく鳴る。

個人的に真面目に二つを比べると、もちろん上述のような諸々の差はあるのですが、

年齢的に支持具ののほうがメリット面は確かに大きい。
しかし、僕のように押弦や撥弦に体重を乗せるスタイルのものにとって、形状的にこの重心が左右に分散される「ギターレスト」は違和感が常にあります。ここさえクリアできれば。

今回、写真のようにアルミパイプ(径8mm、1m350円)をホームセンターで買ってきていろんな長さにカット。
このうち3本あれば、会場のどんな椅子にもあう高さが微調整できるはずです。
今、足台のブーツゴムが欠けていたり、木製はネジがガタガタだし、とにかく重いし、ということでやっぱりギターレスト方向に気持ちは傾いています。

あとはいかにスタイリッシュに使いこなせるか、やっぱり見た目も大事ですからねー。かっこよく生きないと!