花伝の書

音楽のレッスン1「書いてあるから」

ギターの世界にとどまらず一般にも言える「上辺だけの教育による理解の欠如」その思い込みについて何度かに分けて考えてみようと思います。

1.「拍節感」

さて次の記号。これは「拍子記号」と言います。簡単でしたね。ではその意味は?
多くの説明では「小節内に分母の音符がいくつあるかを示したもの」的な内容だと思います。
そして実習として数を数えさせられますよね。

しかし数えたら分かることをなぜ記号で冒頭に書く必要があるのか?
この疑問が浮かびませんか?

考えていただきたいのは、楽譜に書かれているものはすべて五線譜の定義、それに基づいた作曲者の「指示」だということ。
この高さの音を弾きなさい、このくらい音を伸ばしなさい、のような指示。
そこにわざわざ冒頭に「小節内にこれだけ音があります」なんて宣言してどうするのか?
もし考えられるとしたら、「もし実際の音の数で合わないところがあればミスなので出版社に苦情を言ってください」でしょうか。
そんなのは最後の奥付に小さく書けばいいわけで(笑)

何かが違うんですよね。

結論から言うとこの拍子記号の正しい意味は、この図例の場合、

四分音符を基本拍とした4拍子のリズムで演奏しなさい!」なのです。

ここで大切なのは「4拍子で」というところ。
つまりリズムそのもののことです。
強い・弱い・ちょっと強い・弱い、このアクセントパターンを持つ曲なのでそう弾いてください!と書いているのです。

そもそも小節線というのが、そのアクセント位置を明確に簡潔にするために書かれているだけのもの。つまり小節線のすぐ後の音にはアクセントが付く!という後からできた記号ということです。
調号(シャープとか)をまとめて書くのと一緒の「簡略化」の産物です。
まず小節線ありき、で中にいくつ音符があるか、そんなどうでもいい話ではないとういうことです

この拍子記号の問題は他にもあって、上の意味を考えると、
「よんぶんのよん拍子」と分数読みにするところからして意味が分かっていないですよね。そのおかげで
8・6と4・3の違いが理解できないのです。前者は「8分音符を基本に6拍子(2拍子系)で!」後者は「4分音符を基本に3拍子で弾くこと!」
数だけを数えるからすぐ約分してしまう。分数じゃないのに(苦笑)。

いや下(分母?)は音符名を言ってるわけだから間違いじゃないのでは?とひねくれたところで、
それなら「シブのヨン拍子」と読むべきですよね。四分音符を「ヨンブンオンプ」って言わないのですから。
結局、算数のお話になって、音楽的な「3拍子とはどういうリズム(グルーブ、のり)」なのかが全く表に出てきません。
クラシック関係にリズム感が悪い、とくに日本人が拍節感を感じさせない演奏する理由に、この教育があるのかもしれませんね。
こんなこと叩き込まれたら、リズムの大切さが理解できないのも頷けます。

ちなみにフランスでは3・4とか数字を順番に言うだけです(トワ・キャトルみたいに)

最近は教則本はもちろん、ポピュラー系教材でも体裁をを整えるためかわかりませんが「楽典」的なものを付けています。
100円ショップで売ってる五線譜にもご丁寧に意味のない説明が氾濫しています。

正直、拍子記号を冒頭のような教え方している人に何が分かってるのかな?と、
ブログならでは痛烈な批判をしておきます。
ほんとに勘弁してください。

金谷幸三的ギターの弾きかた

僕の教室に来られる生徒さんは、昔に習ってたけどまた始めてみたい、そんなある程度の経験者が集まってくれてます。
で基礎的なことは解ってるものとして進めるのですが、実は「以前の先生はそんなこと教えてくれなかった」ってことが多く、それはギターの構えかた、指の動かしかた、爪のかたち、音の出しかた、などなど、結局何を教えてたの?と呆れ返るほどです。
素人の民間療法みたいなギター教室があふれているので仕方ないですが、変な癖がついてからでは遅いんですよね。

あとこれは大事なんですが運指のこと。なにも疑うことなく「書いてあることが正しい、意味がある」と思い込んでしまって、
いつまでも弾けない、難しいと壁にぶつかっている。。。
そこでそんな人にはこの言葉。

合理性、音楽性ともによく考えられた運指は正しい。そうでない運指はゴミである!

そもそも西洋人のごつい骨格に合わせて考えた運指や奏者の癖を真似する必要はない!

というわけで、金谷的なギターの弾き方、音楽解釈、そして運指について書いていこうと思ってます。
ただ体系的に整理できないので、だらだらと無駄な説明、重複も出ると思いますが文章に関しては素人なのでご容赦のほど。