中高生の頃、よく聴いていたヴァンゲリス(キーボード奏者)はNEMOスタジオだったかな、自分のレコーディング・スタジオで音楽を作り世界にむけて発表していました。イエスのジョン・アンダーソンはそこで変幻自在に作られていく音楽現場に感銘をうけたそうです。

当時から留学中も含めて、そして帰国して音楽をやめるまで、そういうスタイルに憧れがありました。自己完結する世界、苦手だった人づきあいを極力排して、音楽だけを発信していきたい、という気持ち。
ギターを弾きながら、自分は打楽器奏者になりたいとも思ったり、それはそのスタジオに様々な打楽器を置いて現代音楽や自作曲に包まれた空間に「存在」できたらどれほど幸せか、と夢想していましたね(笑)
もちろんスタジオを建設する資金もない自分にはかなわぬ夢だったのですが、今こうしてすべての技術があがり、ネットや高速通信が当たり前になったおかげでそれらが可能になったのかもしれません。
ただ可能にはなりましたが、問題は人々のとらえ方。
コンサートに出かけて聴くのが当たり前、生音こそ価値のあるもの。この概念を崩していくにはコロナ騒動で後押しがあるというものの、まだ少し時間がかかりそうです。
それでも、僕は前に転がっていくことを決意しました。
対人コミュニケーションがうまく取れず集団に属せない、その弊害のアガリ症で苦しみながら舞台に立ちながらも、宣伝下手のおかげで集客できず虚しく生きてきた、そんな自分の本来の居場所がそこにあるような気がして。

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