Peter Gabriel

クラシック的、日本的な思考だとどうしても「まとまり」というものが
優先されてしまう。
配信映像においてもそうで、
舞台全体をきれいにバランスよく見えるアングルで満足してしまっている。
各カメラに人を配置して手動で遠近感が出せる環境ならまだしも、
ほとんどが定点で撮影するので尚更感じる。
つまり映像を通して「舞台が死んでいる」ように感じるのだ。

もっと動的に。
人と人が重なり、寄り添いながら、同じ目標に向かって生きていく。
演奏者が音楽に触れている「喜び」を伝えたい。
それこそが「ライブ」を見る価値であるはず。
合唱コンクールのような映像にしてはダメ。
均一・平等な思想など芸術には必要ないから。

ただ人を配置できない環境なので、カメラの数を増やすしかない。
あとは自分の美的感覚を信じていこう。

音に関してはもっと素直に考えてみよう。
会場の雰囲気を伝えることが大切。
もちろん聴きやすい高音質であることは必要だが、
CDを聴くような「まとまり」は求めていない。
ファジーな「人間の耳」に自然に届けばいい。
フルートとギターの音量差が当初から問題だと認識していた。
しかしそのことに意識が行き過ぎて
目が(耳が)曇ってしまってるのかもしれない。
一度リセットして、あらたに自分の感性を投影していこう。

Share:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)